改訂版 齋藤史歌集 齋藤史自選
不識文庫1 不識書院
2351首の自選歌集。時代が古いので、時代背景がわからないと、分かりづらいか。なかなか、読むにもタフさがいる。いくつか、いいなと思った歌。
飾窓 昭和7年作品
時劫(とき)さへも人を忘れる世なれどもわれは街街に花まいてゆく
濁流 昭和11年作品
春を断(き)る白い弾道に飛び乗って手など振ったがつひにかへらぬ
暴力のかくもうつくしき世に住みてひねもすうたふわが子守うた
歴史 昭和14年作品
ものの音耐えし日昏れのひとときにわが生(よ)といふをはるかより見つ
火の下 昭和20年作品
西空のうすれて黄なる映ろへば湖(うみ)も年経(ふ)るなげきを歌へ
凍雪 昭和23年作品
ぎりぎりに耐へて居るなる寒の夜の裸木立よ枝も枯らすな
濡れてゆく 昭和24年作品
しづかなる黄のうつろひや六月の茜はながく余光をたもつ
七月 父死す 昭和28年作品
サヨナラとかきたるあとの指文字はほとほと読めずその掌(て)の上に
花火 昭和32年作品
ゆがみたる花火たちまち拭ふとも無傷の空となる事はなし
縛 昭和37年作品
わが長き夜を断たむとし春の野に花燭台となる辛夷花(マグノリヤ)
母どり 昭和39年作品
たわたわと花映ることもあらむかと野の井戸のぞく つひのまぼろし
遠景 昭和45年作品から
年経(ふ)るゆく おもひうすずみ 散る雪に いづく洋燈(らんぷ)のごとき点るは
散じ果て あとかたもなき 生ながら 出で入る場所の あるがごとしも
逆光 昭和49年作品
眼をとじて次にひらけば霧消して居たり 逆光の中の少女ら
牧脱けてより孤独の夜夜に研がれたる放れ馬死の予感に光れり
夜の雪 昭和50年作品
過ぎてゆく日日のゆくへのさびしさやむかしの夏に鳴く法師蝉
書かざればわが歌消えむ六月のうつつに薄きながれ蛍や
微明 昭和55年作品
死にいそぐほどのいのちにあらずしてさくらののちの花のくさぐさ
北国
野をわたる陽光(ひかげ)と風にまぎれつつ かの少年も光りて駆けし
台湾 昭和59年作品
心つくしてうたを憎めよその傷の痛みすなはち花となるまで
渉りかゆかむ以後抄
命運 昭和60年作品
かぎろひを纏へるわれはゆらめきて他界者めくや 犬がおどろく
微量の毒 昭和60年作品
この森に弾痕のある樹あらずや記憶の茂み暗みつつあり
木彫面 昭和63年作品
恋のうた我には無くて 短歌とふ艶なる衣まとひそめしが
雪の香 平成3年作品
熱湯を抱きつづけし鉄瓶が錆びつつ押入れのくらがりに在る
雪切れて月光洩るるかりそめの明るさにして雪野は匂う
余白
夢かへるふるさとなどの無きこともむしろ軽くて終わらむ我は
残紅
草の葉に斬られし夏もとく過ぎて水分(みくまり)あたり咲く鳥兜
思ひ草繁きが中の忘れ草 いづれむかしと呼ばれゆくべし
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