コレクションズ・上・下
ジョナサン・フランゼン
黒原敏行 訳
早川書房
長編小説。文庫本・上下で、900ページ以上!
アメリカのある家族の小説だが、それぞれが良かれと思うことが、お互い微妙に違っている、そうしたギャップはあり得るし、笑えないが、嫌な家族のようでいて、それは余りにどこにでもある話でもあって、怖くなる。
通俗的でありながら、哲学的・政治的でもある面白さ。
登場人物
父親 アルフレッド・ランバート
母親 イーニッド
長男 ゲイリー
長男の妻 キャロライン
ゲイリー・キャロラインの子供 エアロン、ケイレブ、ジョナ
次男 チップ
長女 デニース
デニースの雇用主 キャラハン
キャラハンの妻 ロビン(デニースの恋人)
ギタナス チップの仕事のパートナー(リトアニア人)
ジュリア ギタナスの妻、チップの彼女
<引用>
それは、電気椅子だった。
幻覚剤のような精神を変容させる疲労の中で、アルフレッドは床にひざまずき、それを仔細に眺めた。彼はこんな椅子が作られたという、心を鋭く刺す出来事にーー工作で父親に褒められたいというゲイリーのいじらしさにーーそしてそれ以上に、稚拙な模型が食卓で彼が思い浮かべた図に酷似しているというありうべからざる事実にーー強く感情を刺激されている自分を見出した。彼の不条理な夢に現れる、イーニッドであると同時にイーニッドでない女に似て、その椅子は完璧に電気椅子でありながら、同時に、まぎれもなくアイス・キャンディの棒の寄せ集めだった。彼はかつてないほど強烈に、もしかしたらこの世界の“現実の”事物はすべてこの電気椅子のように。みすぼらしくも変幻自在な本質を隠しているのかもしれないと思った。
ちゃんと存在していた電気椅子がさっきまで見えていなかったのと同じように、彼が今見ている現実の硬木の床も、彼の頭にはその本質が見えていないのかもしれない。床は彼が頭の中で床として再構築して初めて床になるのかもしれない。<中略>だがそれと同時に、二つめの床が、彼の頭の中に映っている床がきっとあるのだ。
彼は自分の把握している“現実性”が、実在する寝室の実在する床の現実性ではなく、頭の中の床の現実性にすぎず、勝手に理想化されたものであるという意味ではイーニッドの追う馬鹿げた夢想と同程度の価値しかないのかもしれない、という不安を抱いた。
すべては相対的なものではないかという疑い。“現実”とか“本物”とか呼ばれるものは確固たるものてはなく、もともと虚構なのではないか。自分は正しい人間だという、彼の信念、現実を支配しているという信念は、一つの感情にすぎないのてはないか。これが、彼が泊まるどのモーテルでも粗末なベッドの、下で待ち伏せている疑いだった。粗末なベッドの下にひそんでいる深甚な恐怖だった。
この世界が彼の頭の中の現実と一致しないとすれば、それは必然的に冷淡な世界、胸の悪くなるほどすえた世界、一種の流刑地ということになり、彼はそこで激甚な孤独を強いられる運命にある。
彼は頭をたれて、生涯の孤独に耐えていくにはどれだけの精神力がいるかを思った。
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